八雲の国から末広がり

旧八祐会ブログ

女中がいた昭和

先日、「女中がいた昭和/小泉和子」という本を買いました。まだナナメ読みの段階ですが、この「女中」制度の復活が将来的に起こる気がして、現時点で思うことを備忘録として書き残しておきます。

 

そう、私がふとイメージしたのは、女中でなく男中、つまり「男」がその役目を担うのではという未来です。

何年か前に「メイちゃんの執事」というドラマをみましたが、あんな感じでイメージしていただければ受け入れてもらいやすいかな。実際はあんなにカッコよくは絶対にありませんが。

というのも、「ニート」の人の雇用先として、または我々「団塊ジュニア」の再雇用先として、女中(男中)さんとしての役割があるように思うからです。なのでそこにイケメンはいません。むさい独身のじじいです。

でも家事は完璧にこなします。道中の運転や荷物持ちなど、なんでもいたします。頑張って働きますので、どうか雇って下さいお願いします<(_ _)> って、何年後か何十年後か、きっとそうやって頭下げてるな、おれ。

 

「女中がいた昭和」の中に「女中訓」という、いわばマニュアル本が出てくる。

現代においてこれに代わるものは、もうすでに発行されている。そう「dancyu」。この本は、来たる「男中」時代に備えて、男が食いっぱぐれなよう指南してくれているありがたい教本である。「GOETHE(ゲーテ)10月号/いつかは住みたい夢の邸宅」を読んで夢想するのも結構だが、そんな豪邸は自分では建てられないので、空しくなるだけだ。だから読むべきものはダンチュウだ。ダンチュウ読め。

・・・実はdancyuまだ読んだことなく、音の響きだけで書きなぐってしまいました。dancyu関係者の皆さま並びにdancyu愛読者の皆さま、すんまそん<(_ _)>

 

冗談はさておき、でも「女中制度」の時代はまた来ると思います。そしてその時の働き手は、女性よりも男性の方がよりニーズが多い気がします。なぜ男性かは明確には示せませんが、なんとなくそんな気がします。

 

生きてくためには、はたらく必要があります。お金を稼ぐことだけでなく「傍を楽にすること」の意味を含めて、ひとは働かないと生きていけません。誰かに必要とされてるから、社会に必要とされてるから、生きていけます。

女中(男中)のニーズが高まれば、生き永らえれる人がたくさんいると思います。

 

空いてる部屋と食事とネット環境を提供さえしてくれれば給料は格安(もしくは無給)でも構わない。そんな条件ならば雇い主も多く集まりそうです。

これは日本一のニートを自称しているphaさんのアイデアですが、私の意見は「積極的に働く(奉仕する)」ほうですので、「一家にひとりニートを置く」よりも、男中(女中)のほうが受け入れられやすいと思います。

同じビジネスモデルでも「やる気」の有無でニーズが大きく分かれる、そんなところでしょうか。もちろん口だけでなく態度で示せてこそのやる気です。

 

「一家にひとりバトラーを」

ニートだの男中だのでは、なんかイメージが悪いので「バトラー」にしましょう。

高級ホテルの制服を身にまとったそれでなく、実際は「ブタフィーヌさん」に出てくるおじさん風ですが、ステテコに腹巻きでもバトラーと言い張ります。ロマンスグレーにひげをたくわえてなくてもバトラーです。カールのおじさん風でもバトラーです。見た目が引退したスモウレスラーでもバトラーです(それ私)。

 

車の運転が上手、機械に強い、料理が上手、アイロンがけが上手。雇用の条件はそんな感じかな。マッサージ師の資格があったり、ネイルやメイクアップができると尚良しかも。楽しんごさんやIKKOさんのようなスキルは需要が多そう。

 

まあとにかく、もしこれからバトラー時代が来るとしたら、昔の女中制度のような陰湿なイメージでなく、雇う側も雇われる側も、明るくハッピーなものになるのだろう。

歴史は繰り返すというが、どうせくり返すならば、より良く進化していないと、つまらないですもんね。

 

とりあえずここまで、備忘録として φ(・ω・ )メモメモ