明らめれなかった…
終活で最も大事なこと、それは「明らめる」ことだと思う。
この世にしがみつくことを明らめ、あの世へ旅立つ準備をする。
私は… 私は必死に引き止めてしまった。
「絶対に治してやる!」
「病を克服し、退院させて、そして平均寿命よりも長生きさせるんだ!」
私は必死だった。
彼女は… 彼女は知っていたんだと思う。自分の運命を。
でも彼女は抗った。私のために最後まで、運命に抗った。
先に明らめたのは、私だった。
彼女が旅立つ、1日ちょっと前に。主治医から「覚悟してくれ」と言われて。
彼女は… 彼女は無言で私をみつめ、ひとすじ、涙を流した。
職業柄、旅立つタイミングは予測できる。
気学での時間を確認すると、まだ旅立つには少し早かった。だから、逸る彼女をなだめてゆっくり旅立たせようと声をかけ続けた。それに「お迎え」が来ないうちに行かせるわけにはいかない。「迎えが来ていない」と彼女は憤っていたので。
そんなこんなして時が過ぎていった。
どれくらい経っただろうか、彼女は落ち着きを取り戻してきた。
どうやらお迎えが来たようだ。いよいよか…
私は聞いた。「おじいちゃんが来た?おばあちゃんが来た?お母さんが来た?」
彼女は頷いた。
「でもまだ焦らなくていいよ。ゆっくりね」
もしお迎えの使者が偽物だったら一大事だからという思いと、少しの往生際の悪さとで、そう応えるので精一杯だった。
ベッドに座った状態の彼女が、急にこっちに顔を向けた。そして一言、私に…
「あきらめさせて」
そう言った。
その声は、普段の彼女の声だった。病床でうなされている時のでなく、普段の、私がよく知る、いつも通りの、毅然とした彼女の声だった。
「うん、いいよ。いってらっしゃい」
精一杯、一片の未練も残さぬよう、精一杯に声をかけた。
それが私たちの、この世での、最後の会話。
私の声を聞いた彼女は、また正面を向き、そして、
「おまたせいたしました」と言って、正面に向かって深々と頭を下げた。
私のために、ずいぶんと長居させてしまった。
私のために、彼女はあきらめずに抗ってくれた。最後の最後まで。
もっと早くに私が明らめていたならば、もっと楽に旅立てたのに。
治らないって、知ってたくせに。
なんでだよ…
なんでおれには天の声が聴こえないの?
こうなるって知ってたら、おれだって… もっと早くに明らめてたさ。ちくしょう…
明らめるって、ほんと、むずかしい。