八雲の国から末広がり

旧八祐会ブログ

子供に「お年寄りを大切にしよう」と言う違和感

前回記事「子供に夢を託すな」からの流れで。

子供への道徳で「お年寄りを大切にしよう」というのがあるが、私にしたらそっちの方がよっぽど気持ち悪い。なんで「お年寄り」限定なの?

他者への労わりや慈しみを教えることはとても大事だが、それをじじい自らが「俺を敬え!」と子供らに強要している構図がどうもみえてしまってそれが不快なんだと思う。

尊敬される人はそんな強要せずとも自然と尊敬されるわけで。「ったく最近の若者は!」と言ってる老害が「お年寄りを大切にしよう」と強要しているようにしか聞こえない。

「(老若男女かかわらず)困ってる人を助けよう」とだけ教えればいいじゃん。

って、なんで急にそんなこと思ったんだっけ?

そうそう、以前にどこかの記事で教育のことかなんか語ってて、その中で、お年寄りを大切にしようという当たり前の教育を徹底させるべきだのうんたらかんたらを読んだんだ。その人が何を言いたくてその話を持ち出したのかは忘れたが、お年寄りを大切にしようを「当たり前」と言い切ったそのことだけがとても引っかかってた。なんでお年寄り限定なの?なんで「他者に優しくしよう」じゃないの?って。

それと前回記事の「子供に夢を託すな」という言葉が私の中で繋がった。

小さい時から洗脳して隷属するよう仕向けて、自分らは労せずに骨の髄まで搾取する。お年寄りを大切にしようなんて言う奴はそんなゲスい野郎だ。とゲス顔で言ってみる。

心屋さん風に「わたしは大切になんかされなくていい!」と老害に言わせたい。

 

大切にされたかったら「カネ」を使うしかない。

ケチな老害は「早く〇ね!」って言われるだけ。