八雲の国から末広がり

旧八祐会ブログ

泣く子はつよい

フラッシュバックに襲われる。

「あの時もっとこうしてあげれたら」

「こういうこともしてあげたかった」

などなどなど。

 

もっと「妻孝行」がしたかった。

早すぎるよ。

 

 

何かのきっかけで突然に「後悔」という発作に苦しめられる。

「明らめた」つもりだったのに、突然に傷が暴れだす。

 

そういう時は、なにも考えずに 

「泣く」しかない。

ただただ、涙を流し続ける。

 

感情の糸が複雑にこんがらがってうまく泣けない時は、

「泣ける」映画や音楽、小説などを使って強制的に感情を排出させるといい。

 

 

でも、「泣く」という対症療法だけでなく、根治療法に挑みたくなる。 

なので、建設的に「妻が喜ぶこと」を考える。

心のコンディションが良い時にいろいろ考える。

 

で、結局は、

「自分自身のことを大事にして、がんばって生きる」

これにしかたどり着かない。

なんか腑に落ちないけど。

 

だからなのか、他人からドヤ顔でそう言われたら、

ちゃぶ台をひっくり返しながら

「おまえになにがわかるんだ!!!」

とブチ切れるだろう。同じ答えなのに。

まじめんどくせえな、おれ。

 

なんで腑に落ちないのかというと、

「妻になにかしてあげたい」

というのがそもそもだから。

 

自分自身のことは、ちゃんと労わっている。

だから結局は「何もしてあげれない」というループに陥ってしまう。 

不甲斐ねえな。へこむぜ。

 

でも重くへこむと「自分自身を大事にする」から逸脱してしまうので、

軽くへこむの時点で思考を停止させる。 

建設的に前進しようとした結果、一歩進んで二歩下がってしまった。

 

でも、ま、いっか。

開き直るおれ。つよい子。

 

おれはマッチョだから、何度でもへこみ、泣き、

開き直り、がんばる。

生きる。

 

 

泣く子はつよい子。弱虫ではない。

泣きながら、何度でも立ち上がる。

立ち上がるために、何度でも泣く。

 

妻が迎えに来るまで、

七転び八起きして、待つ。