美味い不味い
味覚に関して、はっきりいって私はグルメとはほど遠いっす。
よく、「あれは不味かった」という記述を目にするし、耳にする。特に多いのが機内食。どこそこの航空会社の機内食はくそ不味かったと書いてある。私はそれをみるたびに首をかしげる。そして自分の味覚に不安になる。そんなに不味かったっけかなあ…って。
ハンニバルレクター博士は、機内食が口に合わないと言って弁当を持参する。でもその弁当は…(自粛)。どんなにグルメになろうと博士の飯は食えない。
美味しかったという記憶って、純粋な味覚としてでなくシチュエーションによるものが大きい気がする。たとえばカップラーメン。私が今までで1番美味しかったカップラーメンは、幼い頃にニューカレドニアの浜辺で夕陽をみながら食べたものが1番。たしかカップスターのしょうゆ味。その後、家で同じもん食べたがまったく別物だった。
妻と一緒に同じことをしたらその記録を塗り替えられたと思う。が、残念なことに浜辺でカップラーメンはしなかった。妻も浜辺で食べるカップラーメンは美味いって言ってたから、一緒に食べてみたかった。南の島に行ったら試しにやってみようかな。塩味がきいて美味しいかもしれない。
そんな私だが、先日のパースからの帰り、機内食で不味いものがあった。思わず声をあげそうになった。「これ不味ーい!」って。なんだか嬉しくなっちゃった。不味いもの出て喜ぶなんて頭やられちゃってるが、一口食べすすめるごとに「やっぱ不味い」とニヤニヤ確認していた。
不味いものが分かる舌であったことが確認できてよっぽど嬉しかったのだろう。
そしてこの不味いもの、備え付けの塩と胡椒をふりかけると、あら不思議、そう不味くなく食べられるようになる。塩と胡椒は偉大。
西原理恵子さんは「焼いてポン酢をかければなんでもうまし」って言ってたっけ。ヨメの飯が口に合わないとお嘆きのダンナさん、調味料は偉大ですよ。そしてグルメな夫をもつ奥さま、小言の数だけ食卓に調味料を並べて「お好きにどうぞ」とにっこり言ってあげましょう。
中部大学の武田邦彦教授は、定期的に不味いものを食べて味覚をリセットしているそう。面白い発想ですね。マンネリからのギャップに幸せの糸口があるのでしょう。たまに美味しいものを食べるのと同じく、たまに不味いものをあえて食べるのもまた幸せへの道ってことなのかな。不味いものって記憶に残りますもんね。「くっそ不味かったw」って。
そうか、だからみんな嬉々として「不味い!」ってブログに書くんだ。あれは自分のグルメっぷりを自慢しているのではなく、嬉しくて書いてるんだな、きっと。
セントレアの天むす。にぎりたて熱々の1個目よりも、冷めてきた最後のが美味かった。
なんでもできたてが1番美味いと思っていたが、違った。
おにぎりって、あるていど冷めないとおにぎりにならないんですね。