心がからっぽ
ここんところずっと忙しかったが、昨日にてノルマをクリアしてプレッシャーから解放された朝。雲ないどこまでも水色な冬空のように、からっぽになっちゃってる自分がいる。
心がからっぽと書くと誤解されそう。無の境地みたいなからっぽ。いい意味でからっぽになってる。清々しいにも近いが、からっぽの方がしっくりくる。
「病」や「死」といった報を受けても琴線が発動しない。何も感じない。からっぽ。これには自分でも驚いてる。忙しかった昨日まではそんなことなかったのに、今朝になったら何も感じなくなってる。あれれ、これって悟りひらいちゃった系?仏様が何に於いても「いいよいいよ」とニコニコしているあの感じ?
まあ、数時間もすれば、排気ガスを胸いっぱいに吸い込めば、もとの人間様に戻っちゃうんだろうけど。てか、そうでないと人間界では不都合な気がする。魑魅魍魎が渦巻くこの世界では、何でもニコニコじゃあ生きていけないから。
それに、仏様モードじゃあブログも書けない。くそつまらんものしか書けない。
四苦八苦を超越しても生きづらいんだろう。それよりも、四苦八苦を受け入れる方がなにかと好都合なんだろう。どMのほうがしあわせってことか。おっふ…。
ニューヨークって、「人間」「人間界」を学ぶのに最適な街なんだろうな。
だからみんな、ニューヨークに行くのだろう。生きやすさを求めて。